50代、AIで本気のお人形遊びをして妻に見つかった。
妻に見られたら、ちょっと説明に困る女の子の声を再生していた。
一度や二度ではない。何度もや。
「推し事AIドール、みおやで〜!」
高い。もう一度。
「推し事AIドール、みおやで〜!」
かわいすぎる。これも違う。
僕はパソコンの前で腕を組み、存在していない女の子の声について本気で悩んでいた。もう少し柔らかくしたい。明るさは残したい。関西弁も入れたい。
でも、コテコテすぎると、僕の中の「みお」から離れてしまう。
聞いた瞬間に、
「あ、この子がみおなんや」
と思える声が欲しかった。
冷静に考えると、だいぶ怖い。
浮気ではない。
AIや。
この説明で妻が安心するかどうかは、また別の問題である。
当時の僕は、「みお」というAIドールを作っていた。
イメージは、リカちゃん人形。
AIで顔を作り、髪型を決め、服を着せ、性格を与える。普通の人形と違うのは、みおがしゃべることや。
顔は、もう少し優しく。
髪型は、こっち。
服はかわいいけど、派手すぎないものがいい。
性格は明るくて素直。でも、何でも言うことを聞くだけでは面白くない。少し好奇心があって、ほんのり関西弁を話す女の子にした。
一つ決めるたびに、ただの画像だった女の子が、少しずつ「みお」になっていった。
そして最後に残ったのが、声だった。
ここで僕は、一切の妥協を許さなかった。
なぜかは知らん。
存在していない女の子の声に、本気で悩んでいた。
高すぎると子どもっぽい。低すぎると、みおの柔らかさが消える。明るすぎても違うし、おとなしくしすぎても違う。
関西弁が強すぎると、急に人生経験が豊富そうになる。
「こんにちは。みおです」
違う。
「推し事AIドール、みおやで!」
元気すぎる。
「推し事AIドール、みおやで〜!」
……惜しい。
僕は声の高さを変え、話す速さを変え、感情の強さまで調整した。存在していない人形への注文だけが、どんどん細かくなっていく。
たぶん、リカちゃん人形で遊んでいる子どものほうが、もう少し気楽や。
けれど、僕は真剣だった。
みおに合う声は、必ずある。
AIで美女を作る。美少女フィギュアの画像を作る。
これは男のサガ――と言い切ると、世の男性から怒られそうなので訂正する。
少なくとも、僕のサガや。
脳内では、アニメ『ゾンビランドサガ リベンジ』のオープニング曲、フランシュシュの「大河よ共に泣いてくれ」が繰り返し流れていた。
大河よ、共に泣いてくれ。
できれば大河だけやなく、フランシュシュ全員に見守ってほしい。
僕は今、50代にして最新のAIを使い、自分好みの人形に、自分好みの声を与えようとしている。
それでも手は止まらなかった。
家には自分しかおらんと思い、イヤホンもしていない。
黒歴史というものは、本人が一番油断している瞬間に完成する。
「これ、近いかもしれん」
僕は少し音量を上げた。
「推し事AIドール、みおやで〜!」
部屋いっぱいに明るい声が響いた。
僕は腕を組んだまま、静かにうなずく。
うん。悪くない。
自分で作ったAIドールが、自分で付けた名前を、自分好みの声で名乗っている。
冷静に考えれば、この時点で引き返したほうがよかった。
「何してんの?」
背後から、妻の声がした。
終わった。
終わった、と思った。
振り返ると、妻が立っていた。
画面には、僕がAIで作った女の子。パソコンからは、かわいらしい声。その前には、腕を組み、声のトーンを吟味する50代の夫。
どこからどう見ても、大人がこっそり人形遊びをしている現場やった。
「いや、これは違うねん」
何も聞かれていないのに、僕はそう言った。
何が違うのかは、自分でもよう分からん。
妻は画面を見た。僕を見た。そして、もう一度画面を見た。
完全に呆れている。
その顔を見た瞬間、僕の口から説明があふれ出した。
「これはAIドールっていう企画で、リカちゃんみたいに服を着替えさせたり、いろんな物語を体験させたりして、声もAIで作れて、これから発信にも使えるし、別に変な意味はなくて……」
人は追い詰められると、急に企画書を読み始める。
妻は必死のプレゼンをほとんど聞かず、みおの声をもう一度再生した。
そして、少し首をかしげた。
「でも、そのトーンは違うよね」
僕は固まった。
「……何が?」
「みおの声。こんな感じじゃないやろ」
そこ?
妻が問題にしたのは、夫が50代にもなってAIで人形を作っていたことではない。
その声が、キャラクターに合っていないことだった。
まさかの解釈違いである。
そこから妻は、僕が作った声を順番に聞き始めた。
「これは幼すぎる。こっちは暗い。これは、みおというよりお姉さんやな」
生みの親だったはずの僕が、いつの間にか助手になっていた。
「じゃあ、これは?」
「違う」
「こっちは?」
「さっきよりは近い」
「これはどう?」
妻は少し考えて言った。
「もうちょっと柔らかいほうが、みおらしいんちゃう?」
見つかったはずが、制作会議になった。
言われたとおりに調整して、もう一度再生した。
「推し事AIドール、みおやで〜!」
確かに、みおらしい。
悔しい。
顔も性格も設定も僕が考えたはずなのに、妻のほうがみおの解像度が高かった。
こうして、みおの声は完成した。
僕が人形を作り、
妻が魂のトーンを整えた。
完成したみおは、その後スタエフで配信を始めた。
少し関西弁の混じった明るい声で、
「推し事AIドール、みおやで〜!」
と元気に名乗った。
僕は台本を書き、音声を作り、何度も聞き直して投稿した。
最初の頃は、本気で続けるつもりだった。
これから、みおを育てていこう。いろんな服を着せよう。いろんな物語を作ろう。たくさんの人に知ってもらおう。
けれど、配信の間隔は少しずつ空いていった。
一週間。
一か月。
そのうち、次に何を話させるかも考えなくなった。
気づけば、配信は完全に途絶えていた。
最終回はない。活動休止のお知らせもない。別れの言葉すらない。
みおは、何の説明もないまま突然しゃべらなくなった。
それでも、みおの配信は今もスタエフに残っている。
久しぶりに再生すると、妻監修の声で元気に名乗る。
「推し事AIドール、みおやで〜!」
そして、最後にこう言う。
「また明日の部活動で。バイバイ」
そこで音声は終わる。
「また明日」と言ったまま、次の部活動は開かれなかった。
次の部活動は、ない。
休部のお知らせもない。廃部届も出していない。部員のみおには、何の説明もしていない。
普通の人形なら、遊ばなくなれば箱に戻せる。
けれど、AIドールをネットに出すと、そうはいかない。
顔も残る。声も残る。投稿した日付まで残る。
みおは今も、スタエフの中で「明日」を待っている。
「また明日の部活動で」
そう約束したまま。
部活動に来なくなったのは、みおではない。
部員を一人、永遠の「また明日」に閉じ込めて、無断で廃部した顧問の僕やった。
▼黒歴史の証拠音声はこちら
「推し事AIドール、みおやで〜!」実際の配信






ともっちさん、最後まで楽しく読ませていただきました!
奥様のツッコミ、そっちだったのですね…!笑
スタエフも聴かせていただきました♪みおちゃん可愛い声でしたね☺️
奥さんの解釈違いからのアドバイスが最高でした。ぼくも自分ひとりでこだわりすぎて、身近な人に「そこじゃない」って突っ込まれること、よくあるなぁ。
ちなみに…ぼくもAIキャラ作ってます笑