57歳、まだ何者でもない僕が「プラス1」の発信を見つけた話
受け取った10に、僕の1を足して
57歳になった。
それなのに、いまだに自分が何者なのか、よう分かってへん。
アニメが好き。マンガもゲームも好き。最近はAIを触り、ゲームを作ろうとして、能登で見つけた景色まで発信したくなっている。
Substackでは、自分の記事を書くより先に、誰かの記事を読んでリスタックしてきた。
発信の軸、どこ行った。
人生の錬成陣に、材料を載せすぎたらしい。
そんなとき、ふと思い出した。
『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の、ある考え方を。
40歳になる頃に見たハガレン
『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の放送が始まったのは、2009年4月5日。(TVアニメ「鋼の錬金術師」公式サイト)
当時の僕は、40歳になる頃やった。
エドやアルのような少年ではない。仕事をして、社会に出て、世間から見れば十分に大人と呼ばれる年齢やった。
自分が何者で、これからどう生きるのか。
もう答えが出ていても、おかしくない頃やったと思う。
あれから17年。
僕は今、57歳になった。
答えが出るどころか、やりたいことが増えとる。
人生というものは、年齢を重ねるほど整理されていくと思っていた。
どうやら違ったらしい。
僕の場合、押し入れの奥から新しい趣味が次々と出てくる。
しかもAIとかゲーム制作とか、まあまあ手のかかるやつばかりや。
人生は、そんなに几帳面やない
ハガレンといえば、「等価交換」。
何かを得るためには、それに見合う代価が必要になる。
若い頃の僕は、この考え方が好きやった。努力したら結果が返ってくる。頑張った分だけ、いつか報われる。
そう信じた方が、人生は分かりやすかったんやと思う。
でも、57年生きてみると分かる。
人生は、そんなに几帳面やない。
頑張っても、何も返ってこないことがある。時間を差し出しても、結果につながらないこともある。
「これだけ頑張りました」と人生の交換台へ差し出しても、
「ほな、同じだけの幸せを返しますね」
とはならへん。
たまに何か返ってきても、
「いや、注文したんこれちゃうねん」
となる。
…
….
…..
錬成、失敗しとるがな。
等価交換の、その先にあったもの
けれど、57歳の今、僕の心に残っているのは、等価交換だけやない。
誰かから何かを受け取ったら、そこへ自分なりのものを少し足す。
受け取った10を、そのまま10で返すのではなく、自分の1を加えて11にし、次の誰かへ渡していく。
最近、Substackでリスタックを続けながら思った。
「あれ? 僕がやりたかった発信って、これなんちゃうか」
誰かの記事を読む。
笑える失敗談から元気をもらい、鋭い分析から新しい見方をもらう。自分では言葉にできなかった気持ちを、代わりに書いてくれた文章に救われることもある。
僕は、その記事から10を受け取っている。
だから、「面白かったです」だけで終わらせず、そこへ僕の1を足してみる。
アニメに例える。
自分の経験を重ねる。
関西弁でツッコミを入れる。
ときどき、いらんボケまで入れる。
足しすぎて、元の記事が見えへんキメラになる日もある。
そこは反省である。
それでも、受け取ったものを自分の中だけで止めず、まだその記事を知らない誰かへ渡してみる。
それが、僕にとってのリスタックやった。
人の記事を読んで、自分が見えてきた
最初は、人の記事を紹介しているだけやと思っていた。
でも続けているうちに、どの記事を選ぶのか、どこに心が動くのか、そこへどんな言葉を添えるのか。その一つひとつに、自分が出ることに気づいた。
僕は、正解だけを教えたいわけではない。成功法則を、きれいに並べたいだけでもない。
「この考え方、めっちゃええやん」
「これ、あのアニメに似てへん?」
「自分やったら、こう試してみたい」
そんなふうに、誰かと話したかったのだ。
人の記事を紹介しているつもりで、僕は少しずつ、自分が何を好きな人間なのかを確かめていた。
リスタックは、他人の文章を映すだけの鏡ではなかった。
そこには、読んだ僕の姿も映っていた。
自分らしさは、差し出す代価やなかった
僕はこれまで、発信で結果を得るために、自分の「好き」を削ろうとしていた。
アニメ、マンガ、ゲーム、AI、能登の風景。
全部を入れたら、発信の軸がぼやける気がした。
伸びるためには、もっと役に立つことを書かなあかん。自分の好きなものは、少し横へ置かなあかん。
どこかで、そんな等価交換を期待していたのかもしれない。
自分らしさを差し出せば、代わりに結果が手に入る。
でも、違った。
自分らしさは、結果を得るために差し出す代価やなかった。
誰かから受け取った10に足す、僕の1やった。
アニメの例えも、AIで試したことも、能登で見た景色も、57年間で積み重ねてきた格好悪い失敗も。
全部、僕にしか足せない1になる。
誰も見たことのないものを、いきなりゼロから生み出さなくてもいい。
大きな1でなくてもええ。
0.5しか足せない日があってもええ。
大切なのは、受け取ったものを自分の中だけで止めないことやと思う。
57歳。まだ何者でもない
僕はアニメ評論家ではない。AIの専門家でもない。Substackで大きな実績があるわけでもない。
能登で暮らしながら、アニメを見て、AIを触り、ときどき盛大に失敗している57歳や。
きれいな答えは、まだ持ってへん。
自分が何者なのかも、まだ分からない。
でも、何者かになってから書く必要はないと思う。
完成してへんからこそ、今の僕にしか足せない1がある。
誰かから受け取った10に、僕の1を足す。それがまた、誰かの10になるかもしれない。
その人が自分の1を足して、さらに次の誰かへ渡していくかもしれない。
そうやって生まれたものは、もう単純な等価交換では測れへん。
57歳。
まだ何者でもない。
せやから僕は、ここから書き始める。
受け取った10に、僕の1を足して。



ともっちさん、初めまして✨私もともっちさんのようなマインドで日常も、そしてサブスタックでも歩いていこうと思いました🥹ありがとうございます!
ともっちさん、1じゃなくて100位足してる感じです。素晴らしいスキルです。愛が溢れてます。